2010年07月06日

第5回資料 朗読「パフォスの名の上に古ぼけた本を

             第5回配布資料



<朗読>
   ステファヌ・マラルメ作“パフォスの名の上に古ぼけた本を閉じ…”


Mes bouquins refermés sur le nom de Paphos,…

Mes bouquins refermés sur le nom de Paphos,
Il m’amuse d’élire avec le seul génie
Une ruine, par mille écumes bénie
Sous l’hyacinthe, au loin, de ses jours triomphaux.

Coure le froid avec ses silences de faulx,
Je n’y hululerai pas de vide nénie
Si ce très blanc ébat au ras du sol dénie
A tout site l’honneur du paysage faux.

Ma faim qui d’aucuns fruits ici ne se régale
Trouve en leur docte manque une saveur égale :
Qu’un éclate de chair humain et parfumant !

Le pied sur quelque guivre où notre amour tisonne,
Je pense plus longtemps peut-être éperdûment
A l’autre, au sein brûlé d’une antique amazone.


パフォスの名の上に古ぼけた本を閉じ…

パフォスの名の上に古ぼけた本を閉じ
唯一の天才の閃きにて択びとる 我が楽しみ
遠くヒヤシンス色の空の下 幾万の泡に祝福されし美の都の
ありし栄華の日々 その廃虚

走れ寒気よ 身を切る沈黙の鎌と共に
私は空しい弔歌を叫びはすまい 声を限りに
この地べたをかすめとぶ純白の歓喜が もし
いかなる景色にも虚構の風景の栄誉を認めないとしたら

どんな地上の果実も口にせぬ我が空腹は
その消えたところに 同等の知の味わいを見出す
炸裂せよ 香り高く 人の肉体の果実!

我らの愛が残り火をかき立てる うねる蛇の台かなにかに足を載せ
いましばらく 恐らくは陶然として 私は思う
もう一つの果実 古の日のアマゾヌの焼かれた胸を
                          (Fl, pp.328-329)





 この詩の異文は、主に7行目前半に関わるものだ。1887年1月初出時の形は「この至純の歓喜ce très pur ébat」、同年10月(テクスト浄書は夏)の『詩集』では「この純白の歓喜ce très-blanc ébat」、同年(テクスト確定は『詩集』浄書の後)の『詩と散文のアルバム』では「このけがれなき歓喜ce vierge ébat」(詩的許容により、viergeの半母音を後ろの母音と分けて数えることができるので、音綴数は保たれる)、同第2版で「このいと清らかな歓喜ce très vierge ébat」、1893年の『詩と散文』第1版(制作見本送付は1892年)でも「このいとけがれなき歓喜ce très vierge ébat」、同第2版から「このいと白き歓喜ce très blanc ébat」となり、ドマン版『詩集』制作見本においてもそれが使われる。大ざっぱに言えば、「歓喜」にかかる形容詞がpur → blanc → vierge → blancと交替したことになる。純粋さとそれを象徴するものとしての色との間で逡巡したわけだ。他は感嘆符と句点の交替に関わるものである。

 作品は、ここではまさにキーワードでありながらマラルメの他の作品には登場しない「パフォスPaphos」という名の上に展開している。パフォスとは、キプロス島に造られた古代都市で、アフロディテ(ヴィーナス)誕生の地として知られ、紀元前1200年頃建造されたアフロディテ神殿は世界遺産に指定されている。現在のパフォスは、この古代都市の衰退の後、紀元前250年頃、その25キロ西に造られたものだ。この作品におけるパフォスという名は、当然、第一義的にはこの古代都市を下敷きにしていると思われる。しかし、その名が専ら「我が古びた書物Mes bouquins」から喚起されていることは注意しなければなるまい。ヌーレも指摘しているように、マラルメが影響を受けた詩人の一人ボードレールの「レスボス」第3節にもその名は登場するが、むしろバンヴィルの「キュプリスの呪い」(1874年ルメールより出版された『杯の血le Sang de la Coupe』に収録。ただし初出は1857年の『全詩集Poésies complètes』第4部。)においてパリと対比される都の名として思い起こすべきであろう。

 このバンヴィルの長詩は、これまで指摘されることはなかったが、マラルメの幾つかの詩篇と少なからぬつながりを持っていると思われる。まず舞台はあたかも「プローズ」を思わせるような「さざ波のほとりに色褪せつつあるアイリスが生い茂るLes iris pâlissants croissaient au bord de l’onde」「この世の楽園のリュクサンブール公園dans le Luxembourg, ce paradis du monde」。このくだりは実は後の1892年12月17日号の『ナショナル・オブザーヴァー』紙に掲載されることになる「テオドール・ド・バンヴィル」の冒頭に引用される詩句なのだ。「テオドール・ド・バンヴィル」は、リュクサンブール公園における詩人の記念碑建立を期に書かれたものであるから、この部分が引かれたのは、一見、何気なくも当然のことのように思われる。しかしこの散文のテクストは、実はマラルメが若年時に影響を受けた3人の詩人(ボードレール、ゴーティエ、バンヴィル)に捧げた「文学的交響曲Symphonie littéraire」(1865年『芸術家Artiste』誌に掲載。ただし草稿は1864年にはできていたと思われる)からの抜粋を引用として内包している。そしてその引用部分に次のくだりがあるのを見る時、我々は先に「パフォスの名の上に閉ざされる古びた本Mes bouquins refermés sur le nom de Paphos」と訳したものが、正確に言うならば「再び閉ざされるrefermés」であったことを思い出すであろう。バンヴィル論には、次のように書かれているのである。「本を閉ざすと、目には優しさの大粒の涙、そして新しい誇りが込み上げてくるFermé le livre, les yeux avec de grandes larmes de tendresse et un nouvel orgueil」。この個所は、1865年のテクストではこうであった。「そして私が本を閉じると、もはや平静でもなければ、あるいは逆上してもおらず、愛に夢中になって、あふれんばかり。そして目は優しさの大粒の涙をいっぱいにたたえて、人としての新しい誇りに満ちているといった具合だEt quand je ferme le livre, ce n’est plus serein ou hagard, mais fou d’amour, et débordant, et les yeux pleins de grandes larmes de tendresse, avec un nouvel orgueil d’être homme」。それぞれの散文においては、取り立てて格別の効果を狙って閉ざされるわけではない書物であるが、詩篇において「パフォスの名の上に再び閉ざされる…」と書き始められる時、それは幾度も読み返され、偏愛されてきた幾冊かの古びた本を時の重みと共に(そして偏愛の香りと共に)想起させるであろう。その1冊が、バンヴィル、なかんずくその「キュブリスの呪い」だったのである。

 このバンヴィルの長詩に登場するのは、“きみの物語に私を入れる…”を思わせる「白い鳥に牽かれた黄金の馬車 Un char d'or, attelé de blancs oiseaux」(強調筆者)に乗った「一人の女、というよりはむしろ若き女神 Une femme, ou plutôt une jeune Déesse」のキュプリス[アフロディテの別名]である(マラルメの「半獣神独白」の1865年の原稿には、「キュプリスは俺の夢を訪れることなくCypris ne visitant mon songe」というくだりがある。決定稿である1876年の「半獣神の午後」においてそれは「[エトナ山を]訪れたヴィーナス」へと置き換えられる)。彼女は蒼天から降り立ち、「その足は我らの緑の芝生を踏みしめ Son pied foule nos gazons verts」(強調筆者)、次のように呼びかける。「湿気の多いキクラデス諸島や目を楽しませるパフォスよりも私が愛するそなた[パリ]Toi que j'aime au-dessus des Cyclades humides / Et de Paphos riante」(強調筆者)。「撫子と木蔦、金の川と鬱蒼とした木陰に満ちたシテールにしてパフォス! Cythères et Paphos pleins d'œillets et de lierres, / De rivières d'argent et d'ombrages touffus ! 」(強調筆者。同じくバンヴィルの『カリアティッド』の「冬の夢」の中には、「パフォスがその優しさを知っているヴィーナス達 celles dont Paphos a connu les douceurs」というくだりもある)。
 そして彼女が現れるパリの庭は、「あの美しいスルタンの妃達に愛を与える Comment tu fais l’amour à ces belles sultanes, / Dans ces jardins (…) !」場所である。「プローズ」においては疑念を孕んだ幻にも等しかった愛は、ここでは疑うべくもない存在なのだ。「愛こそは総身が沈む波、炎と燃える唇が微笑みつつその岸辺に口づけるあの波 l’amour est cette onde où tout le corps se plonge / Et dont la lèvre en feu baise en riant les bords」。そしてその愛は、あたかも“蜉蝣のような硝子細工の尻から…”において果たされ得なかった愛の陽画であるかのように、「あの純粋な水の瓶にしてあの爽やかなスポンジこそがその接吻で身体の汚れを祓う」ものである。愛についてのバンヴィルの定式は次のようなものだ。「愛なくして全ては狂気と虚妄にすぎない。なぜなら全ては愛のうちにあり何ものもその外にあることはない Et sans l’amour tout n’est que folie et mensonge, / Car tout est dans l’amour et rien n’est en dehors」。これを忠実に裏返すならば、きわめてマラルメ的な定式ができ上がるであろう。<愛が不在の時、全ては狂気と虚妄になる>。
 その愛の描写はさらに「プローズ」を陰画に持つかのように進む。「プローズ」において知とは作品をうちたてるための学であり、詩という「この新たなる務め ce nouveau devoir」と結びつくものであった。しかしバンヴィルにおいては、愛こそが「唯一の真なる務めにして唯一の知 C’est le seul vrai devoir et la seule science」であり、「プローズ」において<作品内存在の根源を求めての探索>となるものは、バンヴィルにおいては<意識内における愛の探索>ともいえるものだったのである。「広き海を調べるかのように意識を調べる深い眼差しを持つ大胆な潜水者たちは底の底まで潜ってもそれ[=愛]以上のものを何も見つけられなかった Et les hardis plongeurs dont le regard profond / Comme une vaste mer fouille la conscience, / N’ont rien trouvé de plus en allant jusqu’au fond」(強調筆者)。
 そして恋人のイメージが喚起される。バンヴィルにおける幸せな恋人は、「白い睡蓮」とは全く逆に、愛の対象を何の気兼ねもなく眺める。「幸いなるかな 人により作られる眼を持たぬ偶像たちを / 頓着なく眺める者は!Heureux celui qui voit avec insouciance / Les idoles sans yeux que les hommes lui font ! 」。そして“時の芳香の染み込んだ…”において「もしsi」という仮定の中で女の髪に接吻する「王族の如ききみの恋人 ton princier amant」さながら、「愛に燃える一人の処女の魅惑の腕の中で / その果報者は神にも似たものとなる dans les bras charmants d’une vierge amoureuse / Cet homme fortuné devient pareil aux Dieux」。一方、マラルメにおけるように愛の対象を回避する者、「その歯が私の苦い杯を避けたもの / 自由にして誇り高い胸の上で眠らなかった者」には、不幸な運命が待ち受けているのだが、そこに現れるのが、まさに“パフォスの名…”においては「歓喜ébat」として歌われる「雪」なのである。「その者の上に冬の雪が降る時 / かの者は涙するであろう 己の空しい幻に / そして鋼の鎧をきた戦士がするように / 三度呪うであろう 己が祖母と己が母を! Quand sur lui tomberont les neiges de l’hiver / Celui-là pleurera sur sa vaine chimère, / Et, comme les guerriers aux cuirasses de fer, / Il maudira trois fois son aïeule et sa mère ! 」(強調筆者)。
 語り終えた後、キュプリスは宮殿の上へ翔び、歓楽の都パリを眺める。キャバレーを、サロンを、ダンスホールを、大衆を、さまざまな場所で上演される出し物を。「溜息一つで感動し、そよ吹く西風一つで鎮まる都市 Ville qu’un soufle émeut et qu’un zéphyr apaise」を。そしてその都市と等価なものとして呼びかけられるのが「アマゾヌAmazone」(パフォスを作ったのはギリシア人ということだが、ヌーレの紹介する伝説によれば、それはアマゾヌの一族である)なのである。「戦争を遊びと思うそなた / そなたに接吻する川のほとりに身をかがめ / 来る日も来る日もその波の中で何かしらの神を小さく砕いていくそなた アマゾヌよ! Amazone qui prends la guerre pour un jeu / Et qui, penchée au bord du fleuve qui te baise, / Chaque jour dans son onde émiettes quelque dieu ! 」。
 ここでは全てを列挙する暇はないが、長詩は「エロディアード」等を想起させるくだりを含みつつさらに続き、最後にキュプリスは再び飛び立つ。“勝ち誇って逃れる…”さながらに、背景は落日が終わり星々の輝き出さんとする空。黄金の残照が雲間にチンダル現象の筋を浮かび上がらせ、緋色の太陽は“きみの物語に…”を思わせる暗殺者の「戦車」にたとえられるのである。「しかし女神は最後に飛び立った / 太陽の咬み傷は既に誇り高い星座の輪郭を焼き尽くさんとしていた / 太陽の矢はさらに確かに白い雲に筋をなしていた / 暗殺者は雲間に戦車を駆り / 深紅の「曙」の胸を雲の傷の血で染めていた Mais la Déesse enfin prit son vol. Les morsures / Du soleil dévoraient déjà le fier dessin / Des constellations. Ses flèches d’or plus sûres / Déchiquetaient les blancs nuages. L’assasin / Poussait son char sur eux, et rougissait le sein / De l’Aurore vermeille au sang de leurs blessures」(強調筆者)。

 このように見てくるならば、パフォスというその地を訪れたことのないマラルメにとって、それは実体験に基づく記憶ではなく、端から先行する書物に触発されたもの、言うなれば<つくられたオプセッション>であったと考えるのが妥当であろう。それをふまえた上で、ではそれらの要素がマラルメのテクストの中にいかなる変容を遂げて現れるかを見ていく必要があるだろう。

 まず、冒頭の「我が古ぼけた本 Mes bouquins」は、先に見たように、青年時より偏愛してきた幾人かの作家の書物であると見てよいだろう。それを閉じた後に夢想される(もしくは遠のくものの形から連想される)のは、「遠くヒヤシンス色の空の下(…)の廃虚 Une ruine, (…) / Sous l’hyacinthe, au loin」なのだが、その「廃虚」はパフォスであるとしても、「ヒヤシンス色」の方は、マラルメが偏愛するいま一人の詩人ポーにつながると思われる。マラルメの訳したポーの詩篇の中で、「ザンテ島へのソネット」(マラルメ訳はA Zante)には、次のくだりが含まれている。「どれほどの思い出 Combien de réminiscences」、「どんな輝かしい時 quelles heures radieuses」、「どんな消え去りし祝福 quelle félicité disparue」、「花咲き乱れたそなたの岸辺 ton rivage émaillé de fleurs」、そしてヒヤシンス色と黄金(「おお ヒヤシンスの島よ!(…)『黄金の島よ』O île d’Hyacinthe ! (…) « Isola d’oro »」(注28)。ザンテとは、ポーの「アル・アーラーフ」第1部にも登場する島の名なのだが、ヒヤシンスのことである。そしてこのヒヤシンスと黄金の島に「もはやない」乙女の幻は、これまたマラルメの翻訳した詩篇「ヘレンに」(マラルメ訳はStances à Hélène)における「きみのヒヤシンス色の髪 ta chevelure hyacinthe」(注29)を通して、ポーにとってのヘレンへとつながっているのだ。これを踏まえるならば、“パフォスの名…”においては「我らの愛が残り火をかき立てる notre amour tisonne」によって暗示されるにとどまるにしても、彼の「空腹がいかなる現実の果実[女性もしくは彼女との愛]を口にしない son [mon] faim qui d’aucuns fruits ici ne se régale」としても、女性のイメージはやはりそこに書き込まれていると言わざるをえない。
 第1連では他に、「唯一の天才の閃きで択びとる élire avec le seul génie」のくだりが“闇が宿命の法則により…”最終行の「一つの天体の天性が祝祭のうちに輝いたこと Que s’est d’un astre en fête allumé le génie」に通じていること、また、ここでは美の都を祝福している「幾万の泡 mille écumes」(ただし幻の都はすでにして廃虚である)は、1892年制作(初出は1894年)の“重くのしかかる雲にも… A la nue accablante tu…”においては、「難破 naufrage」を知り「涎を流す y baves」泡となる(注30)ことを付け加えておこう。
 第2連において視線は空(想像上のものも含む)から地上へと転じられる。冒頭のCoureは、動詞 courir のqueを伴わない接続法で、これは願望、命令、遺憾、仮定、条件などの用法の中から命令で訳出しておいた。バンヴィルにおいては単に「冬の雪 les neiges de l’hiver」であったものは、ここではかたや「死の利鎌の沈黙を伴う寒気 le froid avec ses silences de faulx」であり、また他方では「この至純の歓喜 ce très pur ébat」である。そしてこの二重性のいずれに比重がかかるかは、ひとえに「この至純の歓喜が地上すれすれで ce très pur ébat au ras du sol」地上の景色に「偽りの景色 paysage faux」の価値を認めるかどうか、すなわち現実の景色の上に夢想を思い描くことに正当性を認めるか否かにかかっているのだ。なお、ここで暗示される季節「冬」は、その情景が昼ではなく、観劇など夜のイベントからの帰りであることを連想させる。劇場、バレエ、コンサートなど(これらはバンヴィルにおいても列挙されていた)、シーズンは主に冬なのだから。
「私」にとって、地上の景色はそこに何か別のものを思い浮かべることなしには「空しい弔歌」を歌うにも値しないものだ。なぜなら第3連において「我が空腹はいかなる地上の果実をも口にせず Ma faim qui d’aucuns fruits ici ne se régale」、代わりにそれと「同等の知の味わい une saveur égale」を、「地上の果実が消えたところ en leur […] manque」に見出すのだから。それゆえに、地上のものとしての人の肉体は炸裂しなければならない。「香り高く」といわれるのは、それが消えることによって同等の香りを放つためである。メリーと結びつきの強い属性とされる<香り>が、一方ではきわめて直接に官能的なものでありながら、他方もしくは同時に肉体そのものの不在もしくはその置き換えを要求するものでもあることは記憶に値するであろう。
 それゆえに、第4連において、たとえまだ「我らの愛が残り火をかき立て notre amour tisonne」ているとしても、「私」はその残り火の苦悶のしるしである「大蛇 guivre」(注31)に足を載せ(それは一種の<魂鎮め>の身振りだ)、思うのだ。現実の肉体の胸ではない「もう一つのもの、古の日のアマゾヌの焼かれた胸を A l’autre, au sein brulé d’une antique amazone」。アマゾヌとは、先にも述べたようにパフォスを作ったという伝説を持つ女戦士の民族であるが、しばしば指摘されるように、ここではむしろ、彼女らが戦士として弓を引くのに邪魔であるとして片胸を切り落としたといういま一つの伝承が、火との結びつきにより若干変形されて(「焼かれたbrulé」)現れていると考えられる。彼にとっては、この存在せぬ「もう一つの胸」こそが、現実でなく、また偽りでもない、夢想に値する唯一のものであるかのように。

 最後にもう一度パフォスという名に立ち返ってみるならば、しばしば指摘されるように、実はその音こそが「偽りでないpas faux[パフォ]」ことを表していた。ポーにおけるザンテが、花の名前であり島の名前であり、かつ名前そのものとしても「優しい名の中で最も優しい名」であり、その名から必然的に一人の少女が呼び起こされるほどその女性と一体化した名であるような、一切が己自身に収斂していく自己言及構造を持っているのと同様に、パフォスとは美の都の名であると共に、自身が「偽りでない」ことを示してもいる。そしてそのことによりこの名は、ソネ全体が、言ってみれば<現実ではないが偽りでもないもう一つのもの>を浮かび上がらせる構造として機能するための<中心>となっているように思われる。ある意味では、あくまで己自身を示すためにのみ存在する、ptyx以来の<空白の名>といってもよいかもしれない。
posted by コーディネーター at 17:14| Comment(0) | 当日の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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